東京部長倶楽部の山木のぼるです。
会社の理念を尋ねると、ポスターに書かれた言葉は返ってくる。ところが、値引きの可否、品質問題への対応、人材への投資、納期と安全の衝突を前にすると、判断は上司の好みや前年踏襲へ戻ってしまう。これでは、理念は組織を動かす力になっていません。
理念は、選択の場面で使えて初めて意味を持つ
理念とは美しい説明文ではなく、会社が何を大切にし、どのような存在でありたいかを示すものです。現場にとって大切なのは、その言葉によって実際の選択が変わることです。
何をするのか。何をしないのか。誰を大切にするのか。どのリスクを取るのか。迷った時の結論が理念の有無によって変わるなら、理念は判断基準として機能しています。
部長は経営の言葉をそのまま読み上げる人ではありません。自部署の顧客、仕事、目標、評価、人材育成へ翻訳する人です。
「顧客第一」は、何でも受け入れることではない
たとえば「顧客第一」という理念があったとします。顧客の要望をすべて引き受けることが、必ずしも顧客第一ではありません。短期的な要望が長期的な品質や安全を損なう場合、どこで線を引くのか。現在の顧客だけでなく、将来の顧客や社会への影響をどう考えるのか。そこまで決めて、初めて理念が判断に使えます。
「挑戦」という言葉も同じです。失敗を歓迎すると言うだけでは、現場は動けません。どこまで試してよいのか、絶対に守るものは何か、失敗から何を学べば評価されるのかを明確にする必要があります。
利益と理念を対立させない
理念を重視すると利益を犠牲にする、という二者択一にしてはいけません。社会や顧客へ価値を提供し続けるには、健全な利益が必要です。一方、短期利益だけを追えば、品質、信頼、人材、将来の競争力を傷つけることがあります。
部長の役割は、「理念か利益か」と問うことではありません。どの利益が理念を持続させ、どの利益の取り方が理念を壊すのかを見分けることです。投資を見送る場合も、単に費用が高いからではなく、守る価値と将来への影響を含めて説明します。
抽象語を四つの判断へ翻訳する
私は、理念を少なくとも四つの問いへ翻訳することを勧めます。
一つ目は、何を優先するか。二つ目は、何をやめるか。三つ目は、どのリスクを取るか。四つ目は、誰への影響を確かめるかです。
この四つが決まれば、理念は目標、会議、評価、投資、人材配置へつながります。「人を大切にする」と掲げながら、短期成果だけで評価し、育成時間を削っていれば矛盾しています。「品質を守る」と言いながら、納期遅延だけを厳しく問えば、現場には別のメッセージが届きます。
経営の言葉と現場の事実をつなぐ
理念の翻訳には、会社が現在どこへ向かっているかを理解する必要があります。中期計画、経営メッセージ、統合報告書、主要顧客の方針などを読み、前年から何が変わり、何を変えずに守ろうとしているかを確認します。
同時に、現場で起きている顧客の不満、品質問題、人材の疲弊、改善の兆しを経営の言葉へ戻します。上から下へ伝えるだけでなく、現場の事実から理念の実践状況を問い直す。この往復が部長の仕事です。
判断基準を評価にもつなげる
理念を日々の判断に使うなら、評価にも同じ基準が必要です。理念に沿って長期的な信頼を守った人が、短期数字だけで不利になれば、現場は言葉ではなく評価制度を信じます。理念に沿った難しい判断を具体的に認め、なぜ価値があったかを説明することで、次の判断にも同じ基準が使われます。
最初の一歩
会社の理念や経営方針から、自部署に最も関係する一文を選んでください。次に、現在迷っている判断を三件挙げ、「何を優先するか」「何をやめるか」「どのリスクを取るか」「誰への影響を確かめるか」を書きます。理念がなければ結論が変わらないなら、まだ翻訳が足りません。
編集注:本稿は「部長になろう」本セッションの、組織と個人、会社を知る、トップダウンとボトムアップに関する内容をもとに、一般読者向けに再構成したものです。

