東京部長倶楽部の山木のぼるです。
2021年8月、私は、台湾・行政院政務委員(デジタル担当)だったオードリー・タン氏の『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』を読みました。台湾の新型コロナウイルス対策を支えたデジタル技術も印象的でしたが、私がより強く共感したのは、技術そのものを主役にしないタン氏の考え方でした。
AIを「補助的知能」と捉える
タン氏は本書で、AIを「Artificial Intelligence(人工知能)」だけでなく、「Assistive Intelligence(補助的知能)」として捉える考え方を示しています(同書174頁)。
AIが人間に代わって、何を目指すべきかを決めるのではありません。人間が実現したい状態を定め、AIはそのために情報を整理し、見通しを立て、選択肢を広げる。最終的に意味を与え、判断し、責任を負うのは人間です。
私は本書から、「AIは目的ではなく、人を支える道具である」という趣旨を受け取りました。
技術ではなく、解くべき課題から始める
2021年当時も、需要予測、画像認識、異常検知、推薦、定型作業の自動化など、AIの活用はすでに進んでいました。しかし、「AIを導入する」という言葉だけが先に立つと、何のための取り組みなのかが曖昧になります。
部長が最初に問うべきなのは、どの技術を使うかではありません。顧客や現場の誰が、どのような問題を抱えているのか。その問題を解くことで、仕事や組織をどのような状態にしたいのか。ここを明確にして初めて、AIを使う意味が生まれます。
AIを使わない方が早く、確実に解決できるなら、無理に使う必要はありません。導入の有無ではなく、課題が本当に改善したかによって成果を判断します。
目的と最終判断は、人が担う
AIは、大量の情報から傾向を見つけたり、人が見落としやすい異常を示したり、複数の選択肢を比較したりすることに力を発揮します。しかし、その結果をどう受け止め、どの選択肢を採るかは、人が決めなければなりません。
数字だけでは、顧客との約束、現場の事情、将来育てたい能力、人への影響まですべて判断できないからです。特に、人の評価、採用、配置、育成などに関わる場面では、AIの結果をそのまま結論にしてはいけません。
部長は、AIに任せる範囲だけでなく、人が確認し、対話し、責任を持つ範囲を明確にする必要があります。
誰も置き去りにしない
タン氏の考え方には、「誰も置き去りにしない」という一貫した姿勢があります。便利な仕組みをつくっても、使える人と使えない人の差が広がったり、一部の人の声だけが反映されたりすれば、組織全体の力にはなりません。
新しい技術を導入する時には、利用する人の知識や経験、仕事の環境、支援の必要性を見ます。現場に説明し、試してもらい、困っている点を聞き、使い方や仕組みを直していく。技術に人を合わせるのではなく、人が力を発揮できるように技術を整えることが大切です。
小さく試し、仕事の成果で確かめる
最初から大きく導入するのではなく、目的と責任が明確な仕事で小さく試します。確認するのは、AIの精度だけではありません。判断が早くなったか、手戻りが減ったか、顧客への対応が良くなったか、現場の負担が適切になったかを見ます。
期待した結果が出なければ、データ、仕事の手順、役割分担、あるいは課題の設定そのものを見直します。AIを導入した事実を守るのではなく、当初の目的を守るために使い方を変えるのです。
最初の一歩
現在検討しているAIやデジタル化の取り組みを一つ選んでください。そして、「誰のどんな問題を解くのか」「人が決めることは何か」「技術に任せることは何か」「取り残される人はいないか」「成果を何で確かめるか」を一枚に書いてみてください。
技術の名前ではなく、人と仕事の目的から話を始める。それが、AIを組織の成果につなげる第一歩です。
2026年追記
その後、生成AIが広く使われるようになり、文章、画像、分析、発想支援など、AIが身近な仕事へ急速に入りました。だからこそ、2021年に受け取った「補助的知能」という視点は、当時以上に重要になったと感じています。
AIで何ができるかだけを追うのではなく、人が何を実現したいのか、誰にどのような価値を届けるのか、人が担う判断と責任をどこに残すのかを問い続ける。部長に求められるのはAIの操作技術だけではなく、人とAIがともに成果を出せる仕事と組織を設計することです。

